小売業における「見えない食品ロス」:店舗運営の裏側に潜む多層的な課題
はじめに
食品ロス問題は、その深刻さから社会的な関心が高まり、特に家庭からの食品ロスや外食産業での食べ残しが注目されがちです。しかし、食品サプライチェーンの中核を担う小売業においても、一般には認識されにくい「見えない食品ロス」が多層的に発生している実態があります。本稿では、小売業の店舗運営の裏側に潜むこれらのロスに焦点を当て、その発生メカニズム、具体的な課題、そして解決に向けた取り組みについて詳細に解説します。
小売業における「見えない食品ロス」の発生メカニズム
小売業での食品ロスは、単に売れ残った商品の廃棄に留まりません。複雑な店舗運営の中で、複数の要因が絡み合い、見えにくい形で食品ロスが発生しています。
1. 陳列期限と実質廃棄の狭間
消費者が店頭で商品を購入する際、賞味期限や消費期限を意識することは一般的です。しかし、小売店舗では、これらの法的期限とは別に、独自に設定された「陳列期限」が存在します。これは、消費者に最も鮮度の良い商品を提供するため、あるいは商品の売れ行きを考慮して、特定の期日を過ぎた商品を陳列棚から撤去する内部ルールです。
この陳列期限は、賞味期限や消費期限よりもはるかに早く設定されることが多く、まだ安全に美味しく食べられる商品が、販売機会を失い廃棄される原因となります。特に日配品や生鮮食品においてこの傾向は顕著であり、消費者の目に触れることなく、バックヤードで廃棄されることが少なくありません。この実態は、統計上の食品ロスとして計上されにくい性質を持っています。
2. バックヤードにおける管理ロス
店舗のバックヤードは、商品が陳列されるまでの準備段階であり、ここでも見えない食品ロスが発生しています。
- 検品時の破損・品質劣化: 納品された商品の検品時に、輸送中の衝撃や取扱不注意により、パッケージが破損したり、内容物に傷がついたりするケースがあります。これらはそのまま商品として陳列できないため、廃棄されます。
- 温度管理・在庫管理の不徹底: 冷蔵・冷凍商品の適切な温度管理が徹底されない場合、商品の品質が損なわれ、本来の販売期間より早く廃棄せざるを得なくなります。また、複雑な在庫管理の中で、古い商品が奥に埋もれてしまい、期限切れで廃棄されるといった事態も発生します。
- 不適切な保管: 陳列前の商品が、バックヤードで不適切な環境(直射日光、高温多湿など)に置かれることで、品質が劣化し廃棄に至ることもあります。
これらのロスは、店舗スタッフの目には入りますが、消費者が直接知ることはなく、まさに「見えない」食品ロスの一例と言えます。
3. 顧客行動に起因する間接的なロス
間接的ではありますが、顧客行動も小売業における見えない食品ロスに影響を与えます。
- 過剰な鮮度志向: 消費者が常に最も新しい製造日の商品や、最も奥にある商品を選びがちであるため、手前の商品が売れ残るリスクが高まります。これにより、まだ十分な期限が残っている商品が陳列期限切れで廃棄される可能性が増加します。
- 商品の扱いによる破損: 顧客が商品を手に取って選ぶ際に、誤って落としたり、パッケージを傷つけたりすることで、販売不可能となり廃棄されるケースも存在します。
4. 需要予測のずれと供給過多
発注の最適化は小売業の収益性に直結する重要な要素ですが、需要予測のずれは食品ロスの大きな要因となります。
- イベント・季節変動への対応失敗: 天候の急変、季節外れの気温、突発的なイベントなど、需要に影響を与える要素は多岐にわたります。これらを正確に予測しきれず、過剰な発注を行ってしまうと、売れ残りが大量発生し、廃棄につながります。
- 計画的過剰供給: 「品切れ」を避けるために、意図的に多めに発注する戦略も一部では存在します。これは顧客満足度を優先する一方で、余剰在庫の発生リスクを高め、結果として見えない食品ロスを増大させる可能性があります。
解決に向けた取り組みと示唆
小売業における見えない食品ロス削減には、多角的なアプローチが必要です。
1. 先進技術の導入とデータ活用
AIを活用した需要予測システムは、過去の販売データ、気象情報、イベント情報などを複合的に分析し、より精度の高い発注計画を立てることを可能にします。例えば、特定の小売企業では、AI導入により食品ロスを数パーセント削減したという事例が報告されています。また、RFIDタグなどを用いたリアルタイムの在庫管理システムは、商品の所在や鮮度情報を正確に把握し、陳列期限切れによる廃棄を抑制する効果が期待されます。
2. 商習慣の見直しとサプライチェーン連携
陳列期限や納品期限といった商習慣の見直しは、食品ロス削減に不可欠です。例えば、賞味期限の3分の1ルール(製造から賞味期限までの期間を3分割し、小売店には最初の3分の1以内に納品、消費者は次の3分の1までに購入すべきとする慣習)は、食品ロスの一因と指摘されており、これを緩和する動きも出ています。関係省庁や業界団体は、このような商習慣の見直しに向けた議論を継続的に行っています。
また、生産者、製造業者、卸売業者、小売業者が連携し、サプライチェーン全体での情報共有と最適化を図ることで、在庫の偏りを是正し、食品ロスを抑制することができます。特定の地域では、フードバンクとの連携を強化し、まだ食べられる商品を積極的に寄付する取り組みが広がっています。フードバンクに関する具体的なデータは、NPO法人全国フードバンク推進協議会のウェブサイトなどで公開されています。
3. 消費者への啓発と行動変容の促進
消費者の「鮮度志向」や「見た目重視」といった行動様式も、小売業の食品ロスに影響を与えます。まだ美味しく食べられる「てまえどり」(棚の手前にある期限の近い商品から選ぶこと)の推奨、あるいは見た目が不揃いな「訳あり品」の積極的な販売促進は、消費者の意識改革を促し、食品ロス削減に貢献します。一部のスーパーマーケットでは、消費期限が近づいた商品を割引販売する「見切り販売」を強化し、食品ロス削減と顧客への還元を両立させています。
まとめ
小売業における「見えない食品ロス」は、陳列期限、バックヤードでの管理ミス、需要予測のずれ、そして顧客行動など、多岐にわたる要因が複雑に絡み合って発生しています。これらのロスは、表面化しにくいため見過ごされがちですが、その総量は決して無視できるものではありません。
この課題の解決には、AIやIoTといったテクノロジーの活用による効率化、商習慣の見直しといった制度的アプローチ、そして消費者の意識改革を促す啓発活動が不可欠です。食品サプライチェーンの各段階が連携し、それぞれの役割を認識した上で、具体的な解決策を模索し実行していくことが、持続可能な社会の実現に向けた重要な一歩となります。本サイトでは、引き続き、こうした「見えない食品ロス」の実態を追跡し、その解決への道筋を探求してまいります。