食品物流における「見えない食品ロス」:輸送・保管段階のメカニズムと持続可能な解決策
1. はじめに:食品物流における「見えない食品ロス」の重要性
食品ロスは、その発生段階によって様々に分類されますが、特に食品サプライチェーンの中間段階、すなわち輸送や保管の過程で生じるロスは、その実態が捉えにくく「見えない食品ロス」として認識されることがあります。農業生産段階や食品製造・加工段階でのロスと同様に、これらの「見えないロス」は、環境負荷の増大、経済的損失、そして食料安全保障への影響といった多岐にわたる課題を引き起こします。本稿では、食品物流における輸送・保管段階に焦点を当て、その発生メカニズム、具体的な要因、そして持続可能な解決策について深く掘り下げて解説いたします。
2. 輸送・保管段階で発生する「見えない食品ロス」のメカニズム
食品物流における「見えない食品ロス」とは、主に物理的な損傷、品質劣化、在庫管理の不備、需要予測の誤差などによって、製品として市場に流通する前に廃棄される食品を指します。これらのロスは、生産者や消費者からは直接見えにくく、サプライチェーンの各事業者が個別に管理しているため、全体像の把握が困難であるという特徴があります。
具体的な発生メカニズムは以下の通りです。
- 物理的損傷: 輸送中の振動、衝撃、落下などにより、食品の包装が破損したり、内容物自体が傷ついたりすることがあります。特に青果物や加工食品のデリケートな製品において顕著です。
- 品質劣化: 温度、湿度、光などの環境条件が適切に管理されないことによって、食品の鮮度や品質が損なわれる現象です。変色、異臭、カビの発生、食感の変化などが含まれ、最終的に商品価値を失い廃棄に至ります。
- 在庫管理の不備: 需要予測の誤り、過剰な発注、不適切な保管場所、先入れ先出しの原則の不徹底などにより、賞味期限・消費期限切れを迎えたり、品質が低下したりする食品が発生します。
- 誤配送・返品: 配送ミスや、取引先からの品質に関するクレームによる返品なども、間接的にロスを引き起こす要因となります。返品された食品は、再流通が困難な場合が多く、廃棄される傾向にあります。
3. コールドチェーンとサプライチェーンマネジメントの課題
食品物流における「見えない食品ロス」の多くは、コールドチェーン(低温物流)の維持と、サプライチェーンマネジメント(SCM)の最適化に関連する課題に起因します。
3.1. コールドチェーンの課題
生鮮食品や冷凍食品など、厳格な温度管理が必要な食品の輸送・保管には、コールドチェーンが不可欠です。しかし、このコールドチェーンの維持には以下のような課題が存在します。
- 温度逸脱のリスク:
- 輸送中の温度変動: 輸送車両のドア開閉、荷役作業中の外気との接触、設備(冷凍・冷蔵機)の故障、電力供給の途絶などにより、設定温度からの逸脱が発生する可能性があります。
- 保管中の温度ムラ: 冷蔵・冷凍倉庫内での空気循環の不均一、商品の積み込み方による温度分布の偏りなどが品質劣化を招きます。
- 施設間の連携不足: 生産工場、物流センター、小売店舗など、コールドチェーンを構成する各拠点間で、温度管理基準やモニタリング体制が十分に連携されていない場合、リスクが高まります。
- 設備と運用コスト: 高度な温度管理設備は導入・維持コストが高く、中小規模の事業者にとっては大きな負担となることがあります。また、人件費やエネルギーコストも高騰傾向にあります。
- 人為的ミス: 作業員の温度計確認の怠り、設定ミスのほか、積み下ろし時の不適切な取り扱いなども、品質劣化の原因となり得ます。
3.2. サプライチェーンマネジメント(SCM)の課題
効率的かつ持続可能なSCMは、食品ロス削減の鍵ですが、現状では多くの課題を抱えています。
- 需要予測の不確実性: 食品は天候、季節、流行、イベントなど多くの要因で需要が変動しやすいため、正確な需要予測は困難です。予測の誤差は過剰な在庫や欠品を引き起こし、結果的にロスを発生させます。
- リードタイムの長期化: 国際的な輸送や複雑な多段階流通を伴う場合、リードタイム(発注から納品までの時間)が長期化し、その間に鮮度が低下したり、賞味期限が短くなったりするリスクが高まります。
- 情報共有の不足: サプライチェーン内の各主体(生産者、加工業者、卸売業者、小売業者など)間で、生産計画、在庫状況、販売データなどの情報がリアルタイムで共有されないため、全体最適な意思決定が妨げられます。
- 配送効率と品質のトレードオフ: 配送ルートの最適化や積載効率の向上はコスト削減に貢献しますが、過密な積載や長時間の待機が商品の損傷や品質劣化を招く可能性もあります。
4. 解決に向けた取り組みと技術的ソリューション
食品物流における「見えない食品ロス」を削減するためには、技術革新とサプライチェーン全体での連携強化が不可欠です。
4.1. 技術的ソリューション
- IoTを活用したリアルタイムモニタリング: 輸送車両や保管倉庫にIoTセンサーを設置し、温度、湿度、衝撃、光といった環境データをリアルタイムで収集・監視します。異常が発生した際には即座にアラートを発し、対応を促すことで品質劣化を未然に防ぎます。このデータは、ロスの原因分析や改善策の立案にも活用されます。
- ブロックチェーンによるトレーサビリティの向上: ブロックチェーン技術を用いることで、食品が生産されてから消費者に届くまでの全ての過程における情報を、改ざん不能な形で記録・共有できます。これにより、ロスの発生源を特定しやすくなるだけでなく、食品の信頼性を高め、消費期限が迫った商品の効果的な流通促進にも役立ちます。
- AIによる需要予測と在庫最適化: AIが過去の販売データ、気象データ、イベント情報などを分析し、より高精度な需要予測を可能にします。これにより、過剰な発注を抑制し、適切な在庫量を維持することで、賞味期限切れによるロスを大幅に削減できます。
- 高機能包装材の開発: 鮮度保持機能を持つ包装材(ガスバリア性、抗菌性、酸素吸収機能など)や、損傷を軽減する緩衝材の利用は、輸送・保管中の品質劣化や物理的損傷を防ぐ上で重要です。
4.2. 制度的・運用的改善
- サプライチェーン全体での情報共有と連携強化: 生産者から小売まで、サプライチェーンに関わる全ての事業者が共通のプラットフォームで情報を共有し、連携を強化することで、需要と供給のミスマッチを解消し、効率的な物流を実現します。
- 物流ネットワークの最適化と共同配送: 複数の事業者が共同で配送を行う「共同配送」は、積載効率を高め、輸送回数を減らすことで、コスト削減と同時に食品ロス発生リスクを低減します。また、最適な配送ルートの選定も重要です。
- 食品寄付・フードバンクとの連携強化: 消費期限・賞味期限が迫り、通常流通が困難となった食品を、廃棄する前にフードバンクや福祉施設へ寄付する仕組みを強化することは、ロスの削減に大きく貢献します。物流事業者がこのハブとなる役割を担うことも期待されます。
- サプライヤーとの契約見直し: 見た目や規格にとらわれすぎず、品質に問題のない「規格外品」を積極的に流通させるための契約条件の見直しや、市場ニーズに合わせた柔軟な生産・供給計画の策定も有効な手段です。
5. 結論
食品物流における「見えない食品ロス」は、サプライチェーンの複雑性と多様な要因が絡み合うことで発生し、その全体像の把握と削減は容易ではありません。しかし、IoT、AI、ブロックチェーンといった先進技術の導入、そしてサプライチェーン全体での情報共有と連携強化によって、これらのロスを大幅に削減できる可能性を秘めています。
この課題への取り組みは、単に廃棄物を減らすだけでなく、資源の有効活用、環境負荷の低減、経済的効率性の向上、そして食料安全保障の強化に貢献するものです。持続可能な社会の実現に向けて、食品物流に関わる全ての主体が連携し、継続的な改善努力を行うことが強く求められています。本稿が、食品ロス問題に関心を持つ専門家や実務家の方々にとって、この「見えないロス」を追跡し、解決策を探る上での一助となれば幸いです。